1980年代の文房具をイラストと文章で紹介する「ブンボーグ・メモリーズ」。
その連載第2回は、まさかの変化球──電子文具でした。
初出:2017年7月7日
電子文具と名がつけば、何でも売れる時代があった。
文房具によるアナログ事務処理が時代遅れとなり、21世紀にはコンピュータやワープロ、発達したOA機器によって筆記具と紙がなくなるだろうと予想されていた1980年代後半は、「文房具に代わる、電源が必要な小型情報機器=電子文具」が生まれては消えていった時代だった。
今となっては想像もつかないことだが、電卓に毛が生えたようなものでも10,000円を軽く超える価格がつけられ、続々と市場に登場してきていたのだ。
ワープロの普及に連れて、高額だったオフィスのOA機器もまたパーソナル用に小型化されていく。その流れはその後パソコンの普及によってさらに加速するのだが、しかしながらわたしはこのときまだ大学を卒業し就職したばかりだった。試してみたくとも、それらパーソナルOA機器をもりもりと買うだけの財力はない。
勢い、目は少しだけ価格の安い電子文具に向くようになる。この価格帯なら、ディスカウントショップを利用すれば買えないことはないからだ。
様々な機能を持つ電子文具が登場したが、中でも興味を引いたのは「気圧計内蔵で天気の予測ができる電子文具」だ。
天気予想を内蔵したアメデックスの発売元は、株式会社パイロット(現・株式会社パイロットコーポレーション)。今となっては万年筆とフリクションボールで筆記具メーカーの王道を行くパイロットだが、当時はこういうクセダマもたくさん放っていた。
キャッチコピーは「お天気まかせじゃ社会人失格だ」。営業に出る前に時刻と天気を確認し、帰社して電話をかけるときや名刺整理に電話帳機能を、事務処理などのちょっとした計算は電卓機能を使い、一歩先行く社会人になろう──ということだろうか。
アメデックスの「アメ」は地域気象観測システムAMeDASのことだろうし、「デックス」はインデックス(電話帳機能?)のことと思われる。文房具らしい、いい造語だと思う。
サンプルを試してみたときの天気予想は「WILL BE FINE(晴れるでしょう)」。その日に雨が降った記憶はないので間違ってはいないのだが、このたった一行の情報のためだけに定価20,000円(税抜)は払えないと私は判断した。
面白機能がどういうのもかは判った。もう少し安くなったら検討しよう──しかし、その後アメデックスは割引ワゴン行きではなく店頭から姿を消してしまう。
つまり、わたしが躊躇した定価でもアメデックスは売れたのだ。
こうして、実際に購入された方もいらっしゃるだろう。
表面に名入れできる面が大きいので、この時代特有の「豪華なノベルティ」として──例えば成人式や永年勤続表彰の記念品などで入手した方もいるかもしれない。
いずれにせよ、アメデックスの機能は今となってはスマートフォンがあればまったく不要だ、というところに時代を感じる。
筆記具や紙より先に電子文具の寿命が尽きようとしている、というのもまた皮肉めいている。
予測などつかないのだ。天気だって、文房具の未来だって。
【後日譚】
いきなり買ってない文房具が出ました。
本連載で自分に課したルールは、「使ったことのある思い出深い文房具」。買った文房具、という縛りではありません。
可能な限りジャンルを幅広くしたかったので、筆記具ー筆記具でない文房具ー電子文具あるいは変わり種文房具、といった「最低でも筆記具は3回に1回」みたいなサイクルでネタを用意した連載でした。
しかし、第2回でアメデックスはあんまりです。本当に書きたいものを早期に消費することを恐れた、実に臆病な選択です。ここまでマイナーな電子文具をこんな頭に持ってくるなんて……打ち切りをも恐れぬ鉄の心臓……。
ただ、当時わたしがアメデックスに触れ、アメデックスを欲しがったのは事実でした。2020年現在では信じられないでしょうが、1990年に天気予報を知ろうと思ったら、テレビラジオ新聞の天気予報か、電話(177)による気象庁の予報サービスしかなかったのです。そこに、推測とはいえ、卓上で天気予報ができる電子文具が登場したわけですから。そりゃわくわくしますよね。しませんか。
電子文具の話はもっとたくさん取り上げたかったのですが、残念ながら連載の方が先に終わってしまったんですよね……。
その連載第2回は、まさかの変化球──電子文具でした。
初出:2017年7月7日
電子文具と名がつけば、何でも売れる時代があった。
文房具によるアナログ事務処理が時代遅れとなり、21世紀にはコンピュータやワープロ、発達したOA機器によって筆記具と紙がなくなるだろうと予想されていた1980年代後半は、「文房具に代わる、電源が必要な小型情報機器=電子文具」が生まれては消えていった時代だった。
今となっては想像もつかないことだが、電卓に毛が生えたようなものでも10,000円を軽く超える価格がつけられ、続々と市場に登場してきていたのだ。
ワープロの普及に連れて、高額だったオフィスのOA機器もまたパーソナル用に小型化されていく。その流れはその後パソコンの普及によってさらに加速するのだが、しかしながらわたしはこのときまだ大学を卒業し就職したばかりだった。試してみたくとも、それらパーソナルOA機器をもりもりと買うだけの財力はない。
勢い、目は少しだけ価格の安い電子文具に向くようになる。この価格帯なら、ディスカウントショップを利用すれば買えないことはないからだ。
様々な機能を持つ電子文具が登場したが、中でも興味を引いたのは「気圧計内蔵で天気の予測ができる電子文具」だ。
天気予想を内蔵したアメデックスの発売元は、株式会社パイロット(現・株式会社パイロットコーポレーション)。今となっては万年筆とフリクションボールで筆記具メーカーの王道を行くパイロットだが、当時はこういうクセダマもたくさん放っていた。
キャッチコピーは「お天気まかせじゃ社会人失格だ」。営業に出る前に時刻と天気を確認し、帰社して電話をかけるときや名刺整理に電話帳機能を、事務処理などのちょっとした計算は電卓機能を使い、一歩先行く社会人になろう──ということだろうか。
アメデックスの「アメ」は地域気象観測システムAMeDASのことだろうし、「デックス」はインデックス(電話帳機能?)のことと思われる。文房具らしい、いい造語だと思う。
サンプルを試してみたときの天気予想は「WILL BE FINE(晴れるでしょう)」。その日に雨が降った記憶はないので間違ってはいないのだが、このたった一行の情報のためだけに定価20,000円(税抜)は払えないと私は判断した。
面白機能がどういうのもかは判った。もう少し安くなったら検討しよう──しかし、その後アメデックスは割引ワゴン行きではなく店頭から姿を消してしまう。
つまり、わたしが躊躇した定価でもアメデックスは売れたのだ。
こうして、実際に購入された方もいらっしゃるだろう。
表面に名入れできる面が大きいので、この時代特有の「豪華なノベルティ」として──例えば成人式や永年勤続表彰の記念品などで入手した方もいるかもしれない。
いずれにせよ、アメデックスの機能は今となってはスマートフォンがあればまったく不要だ、というところに時代を感じる。
筆記具や紙より先に電子文具の寿命が尽きようとしている、というのもまた皮肉めいている。
予測などつかないのだ。天気だって、文房具の未来だって。
【後日譚】
いきなり買ってない文房具が出ました。
本連載で自分に課したルールは、「使ったことのある思い出深い文房具」。買った文房具、という縛りではありません。
可能な限りジャンルを幅広くしたかったので、筆記具ー筆記具でない文房具ー電子文具あるいは変わり種文房具、といった「最低でも筆記具は3回に1回」みたいなサイクルでネタを用意した連載でした。
しかし、第2回でアメデックスはあんまりです。本当に書きたいものを早期に消費することを恐れた、実に臆病な選択です。ここまでマイナーな電子文具をこんな頭に持ってくるなんて……打ち切りをも恐れぬ鉄の心臓……。
ただ、当時わたしがアメデックスに触れ、アメデックスを欲しがったのは事実でした。2020年現在では信じられないでしょうが、1990年に天気予報を知ろうと思ったら、テレビラジオ新聞の天気予報か、電話(177)による気象庁の予報サービスしかなかったのです。そこに、推測とはいえ、卓上で天気予報ができる電子文具が登場したわけですから。そりゃわくわくしますよね。しませんか。
電子文具の話はもっとたくさん取り上げたかったのですが、残念ながら連載の方が先に終わってしまったんですよね……。
コメント