1980年代のわたしの想い出文房具を綴る連載。
今回はめっちゃエモーショナルなお話。
初出:2018年1月5日
本製品の発売開始時期は、最初期で1978年。
なので、本来この連載で扱う1980年代からは外れるが、わたしの思い出話につき合って欲しい。
時は、1980年。ところは、とある地方の中学校。
わたしは、級友が使っていた見慣れぬ複合筆記具と出逢った。
平べったいアイボリーのボディ。黒と赤のリリースボタン。黒く大きなノックノブ。そして特徴的な、丸い穴のあいた板状のクリップ。
プラチナ萬年筆の初期型ダブルアクションである。
見たことのない形状と、シャープペンと赤ボールペンという便利な組み合わせ。文房具店の店頭で発見できなかったこともあって、わたしはそのペンと、その持ち主を一年間ずーっと気にし続けた。
右手で持つと、クリップとリリースボタンが持ち主側を向く。
その状態では、上が赤ボールペン、下がシャープペンシルになる。
ペン後部のノックノブはひとつの大きなボタンに見えるが、実際にはふたつあって、ボールペンとシャープペンをそれぞれ繰り出すことができる。
持った状態で下のノックノブを押すと、シャープペンシルが顔を出す。芯を出すためにはさらにノックノブを押す必要があるのだが、シャープペンシルを押し出した後のノックノブは引っ込んでいるため、残っているボールペン側のノブが干渉し、指が大きいとやや押しにくい。
ペン体を収納するためには、本体中央のリリースボタンを押す必要がある。
赤ボールペンを使う場合は、持った状態で上のノックノブを押す。実際にはペンをくるりと裏返さないと──ノブを下にしないと押すことはできない。
そのまま裏返しで書こうとすると、クリップが人差し指に当たるため、またくるりと回し、元の方向に持ち替える必要がある。
シャープペンと異なり、ボールペンはペンの上端から出てくることになる。デザイン上書きにくいと思われるかもしれないが、実はあまり気にならない。ペン先が斜めに切り欠かれており、これが地味に効いているのだ。
ノックノブを両方押し込むこともできる。ただしその場合はペン体が両方出てしまうので、赤ボールペンを使う際には本体をくるりと裏返しにする必要がある。
級友は女性だった。
垂れ目でくせっ毛で、ちょっとつんとした子だった。
わたしはそのペンについて彼女に話しかけることを、いつしか日課にしていた。
彼女との接点は、そのペンの話題だけだった。
そして、その会話が毎日まいにち楽しくて仕方がなかった。
実は、そのダブルアクションは市販品ではなかった。
市販されていたダブルアクションは黒ボールペンとシャープペンシルのツイン仕様で、中央のリリースボタンは両方とも黒。平たいクリップに丸い穴は空いておらず、アイボリーのボディのものもない。
わたしが店頭で見つけられないのも無理はなかった。
それは、旺文社の学習雑誌『小4時代』年間予約プレゼントでしか手に入らない特別なダブルアクションだったのだ。
その事実を知ったのは、2017年になってからだ。
文具王こと高畑正幸氏が、この年オープンしたロフト銀座店で企画した展示と販売の企画「小文具古文具」──その場においてこのアイボリーのダブルアクションを目にしたとき、わたしの疑問は一気に氷解した。
なるほど! 売ってないわけだ!
あと、学研派だった当時のわたしには、旺文社の学習雑誌は情報すら目に入っていなかったのだ。
わたしが彼女にかける言葉は、いつも同じだった。
「かっこいいペンだなあ」
そして彼女は苦笑いしながらダブルアクションを貸してくれて、わたしはそれを受け取りひとしきり文字や絵を描いて返す、という日々が続き──しまいには彼女が音を上げてしまった。
「そんなに好きならあげるよ」
わたしの手元に、アイボリーのダブルアクションがやってきた。
そしてほどなく彼女は、進級と同時に転校していった。
わたしはしばらくダブルアクションを使っていたが、いつしか情熱は消え失せ、気づけばダブルアクションは筆箱から消え失せていた。
本当に欲しかったのは、どっちだったのだろうか。
わたしはペンを見ていたつもりだったが、結果として彼女を見ていたのかもしれない。
昔に戻って、若かった自分に尋ねてみたい気持ちでいっぱいである。
【後日譚】
書こうかどうしようか迷ったエピソードです。
そもそも、このペンが「ダブルアクション」という名前だ、というのがずーっと判らなかったんです。
そして入手方法も。
ところが、Twitterで訪ねたらあっという間に判明し、そして現物もさくッと入手できて──お膳立てがものすごくすばやく完了してしまったんですね。
そしてアイボリーのダブルアクションが手許に来て、本連載が開始されて、ラインナップに組み込まれても、やっぱりわたしはこのエピソードを書くか書くまいか悩んでいました。
あまりに私情が深すぎるから。
でも書いてみて、わかりました。
本当は書きたかったのだ、と。
ここから『ブンボーグ・メモリーズ』は、私情をたっぷり加えた私小説的な展開が増えていきます。それこそは、本来この連載を始める際に決めた記事方針だったのです。
「わたしがその文房具を使って感じたことを、時代の空気とともに面白おかしく描写する」──そのステージが上がった、記念すべき回でした。もう逢うこともないでしょうけど、お元気ですか。わたしにダブルアクションをくれた彼女。
今回はめっちゃエモーショナルなお話。
初出:2018年1月5日
本製品の発売開始時期は、最初期で1978年。
なので、本来この連載で扱う1980年代からは外れるが、わたしの思い出話につき合って欲しい。
時は、1980年。ところは、とある地方の中学校。
わたしは、級友が使っていた見慣れぬ複合筆記具と出逢った。
平べったいアイボリーのボディ。黒と赤のリリースボタン。黒く大きなノックノブ。そして特徴的な、丸い穴のあいた板状のクリップ。
プラチナ萬年筆の初期型ダブルアクションである。
見たことのない形状と、シャープペンと赤ボールペンという便利な組み合わせ。文房具店の店頭で発見できなかったこともあって、わたしはそのペンと、その持ち主を一年間ずーっと気にし続けた。
右手で持つと、クリップとリリースボタンが持ち主側を向く。
その状態では、上が赤ボールペン、下がシャープペンシルになる。
ペン後部のノックノブはひとつの大きなボタンに見えるが、実際にはふたつあって、ボールペンとシャープペンをそれぞれ繰り出すことができる。
持った状態で下のノックノブを押すと、シャープペンシルが顔を出す。芯を出すためにはさらにノックノブを押す必要があるのだが、シャープペンシルを押し出した後のノックノブは引っ込んでいるため、残っているボールペン側のノブが干渉し、指が大きいとやや押しにくい。
ペン体を収納するためには、本体中央のリリースボタンを押す必要がある。
赤ボールペンを使う場合は、持った状態で上のノックノブを押す。実際にはペンをくるりと裏返さないと──ノブを下にしないと押すことはできない。
そのまま裏返しで書こうとすると、クリップが人差し指に当たるため、またくるりと回し、元の方向に持ち替える必要がある。
シャープペンと異なり、ボールペンはペンの上端から出てくることになる。デザイン上書きにくいと思われるかもしれないが、実はあまり気にならない。ペン先が斜めに切り欠かれており、これが地味に効いているのだ。
ノックノブを両方押し込むこともできる。ただしその場合はペン体が両方出てしまうので、赤ボールペンを使う際には本体をくるりと裏返しにする必要がある。
級友は女性だった。
垂れ目でくせっ毛で、ちょっとつんとした子だった。
わたしはそのペンについて彼女に話しかけることを、いつしか日課にしていた。
彼女との接点は、そのペンの話題だけだった。
そして、その会話が毎日まいにち楽しくて仕方がなかった。
実は、そのダブルアクションは市販品ではなかった。
市販されていたダブルアクションは黒ボールペンとシャープペンシルのツイン仕様で、中央のリリースボタンは両方とも黒。平たいクリップに丸い穴は空いておらず、アイボリーのボディのものもない。
わたしが店頭で見つけられないのも無理はなかった。
それは、旺文社の学習雑誌『小4時代』年間予約プレゼントでしか手に入らない特別なダブルアクションだったのだ。
その事実を知ったのは、2017年になってからだ。
文具王こと高畑正幸氏が、この年オープンしたロフト銀座店で企画した展示と販売の企画「小文具古文具」──その場においてこのアイボリーのダブルアクションを目にしたとき、わたしの疑問は一気に氷解した。
なるほど! 売ってないわけだ!
あと、学研派だった当時のわたしには、旺文社の学習雑誌は情報すら目に入っていなかったのだ。
わたしが彼女にかける言葉は、いつも同じだった。
「かっこいいペンだなあ」
そして彼女は苦笑いしながらダブルアクションを貸してくれて、わたしはそれを受け取りひとしきり文字や絵を描いて返す、という日々が続き──しまいには彼女が音を上げてしまった。
「そんなに好きならあげるよ」
わたしの手元に、アイボリーのダブルアクションがやってきた。
そしてほどなく彼女は、進級と同時に転校していった。
わたしはしばらくダブルアクションを使っていたが、いつしか情熱は消え失せ、気づけばダブルアクションは筆箱から消え失せていた。
本当に欲しかったのは、どっちだったのだろうか。
わたしはペンを見ていたつもりだったが、結果として彼女を見ていたのかもしれない。
昔に戻って、若かった自分に尋ねてみたい気持ちでいっぱいである。
【後日譚】
書こうかどうしようか迷ったエピソードです。
そもそも、このペンが「ダブルアクション」という名前だ、というのがずーっと判らなかったんです。
そして入手方法も。
ところが、Twitterで訪ねたらあっという間に判明し、そして現物もさくッと入手できて──お膳立てがものすごくすばやく完了してしまったんですね。
そしてアイボリーのダブルアクションが手許に来て、本連載が開始されて、ラインナップに組み込まれても、やっぱりわたしはこのエピソードを書くか書くまいか悩んでいました。
あまりに私情が深すぎるから。
でも書いてみて、わかりました。
本当は書きたかったのだ、と。
ここから『ブンボーグ・メモリーズ』は、私情をたっぷり加えた私小説的な展開が増えていきます。それこそは、本来この連載を始める際に決めた記事方針だったのです。
「わたしがその文房具を使って感じたことを、時代の空気とともに面白おかしく描写する」──そのステージが上がった、記念すべき回でした。もう逢うこともないでしょうけど、お元気ですか。わたしにダブルアクションをくれた彼女。
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