たこぶろぐ

ブンボーグA(エース)他故壁氏が、文房具を中心に雑多な趣味を曖昧に語る適当なBlogです。

【ブンボーグ・メモリーズ】第20回:カーディ(ゼブラ)
1980年代の失われた技術を見直す文房具ブログ。
まだまだ見捨てたもんじゃないですよ、カード文具も。

初出:2018年4月6日

 公衆電話に使用するプリペイドカードであるテレホンカードが登場したのが、1982年。
 厚さ1ミリを切る本当のカード電卓「SL-800」がカシオ計算機から発売になったのが、1983年のことだ。
 国鉄(まだこの頃、JRは「日本国有鉄道」だった)が切符を購入するためのプリペイドカード、オレンジカードを関東圏で発売したのが、1985年だった。
 そして──1986年。
「カードの時代」の流れに乗り、カード文具と呼ばれるジャンルの元祖的存在が誕生した。
 ゼブラの「カーディ」である。

 カーディを手にした時、たいへん興奮したことを覚えている。
 まず、薄い。3ミリ弱の厚みで、財布や定期入れに忍ばせる使い方ならまったく問題ない。
 そして、薄い割には硬く、かっちりとした作りになっている。しなりもしないし、多少ひねったくらいでは割れる心配もない。
 そのカードサイズのボディに、ボールペンとシャープペンシルが並んで収まっている。
 ボールペンは0.7ミリの油性である。初期型は芯を替えることができず、使い捨てだった。シャープペンシルは一般的な0.5ミリのもので、カード側に替芯ケースが内蔵されていた。
 当時のメイン筆記具はシャープペンシルだったので、わたしにとってシャープ芯ケースは大変嬉しい仕様だった。ボールペンは最終的にインクを使い切ることはなかったので、レフィル式でなくとも問題はなかった。
 薄いボディは決して持ちやすいものではなかったが、手帳用と呼ばれる極細軸の鉛筆やペンが苦手だったわたしには、カーディのほうが10倍馴染みやすかった。
 
 1986年──大学に進学し、静岡県三島市ではじめて一人暮らしを経験したわたしは、実家や友人たちとの連絡手段として公衆電話を多用していた。
 住んでいた寮は、個室に電話を引くことができなかった。寮の玄関に設置された共用の電話は10円玉と100円玉を使用するタイプだったが、実家への長距離電話のために小銭を積むのは面倒で、しかも使用中は他の寮生にかかってくる電話を遮ることになって大変迷惑でもあった。
 結果として、わたしから電話をかけるとき、あるいはかかってきた電話が長引きそうな時は、寮を出て1分ほどのところにある公衆電話ボックスに向かうことになる。
 だが往々にして、テレホンカードと電話番号簿の載った学生手帳だけを持って飛び出してしまい、いざというときペンがないという失態を繰り返していた。わたしの学生手帳には、手帳用鉛筆はついていなかった。
 カーディは、この「ペン不携帯」という絶望状態をカバーする、画期的な製品だったのだ。

 当時は大学の友人よりも、地元のラジオ局の番組にハガキを投稿するリスナー仲間とのつき合いが多かった。
 ローカルとはいえ、小学生から社会人まで幅広く聴かれていた人気番組だった。その頃、ラジオリスナーの間ではわたしもそれなりの投稿常連として名が憶えられるようになり、番組の公開録音や番組主催のソフトボール大会に出たりと、「ネットがない時代のオフ会」みたいな催しに何度も参加させていただいていた。
 ほぼ手ぶらに近い状態で出かけるのが常だった当時のわたしだが、学生手帳にテレホンカードとカーディを忍ばせる癖だけはついていた。
 カーディによって助けられた経験は、一度や二度ではない。自分の書きたい欲も救ってくれるが、周囲の受けもよかった。公開録音の際、リスナーの女性と電話番号のやりとりをするため取り出したカーディは、彼女の目を見開かせるに充分な威力を持っていた。

 わたしの通う大学は、二年生になると学生は本校舎である東京に移転することになっていた。
 東京に移り、わたしはシステム手帳を本格導入する。導入後は、テレホンカードとカーディの定位置は生徒手帳からシステム手帳のカードホルダに移っていった。
 東京の寮もまた呼び出し式の黒電話だけだった。わたしが彼女に電話をするときは、テレホンカードとカーディの入ったシステム手帳を持ち出し、やっぱり夜の公衆電話ボックスに向かうのだ。
 システム手帳にはペンホルダがあったから、カーディの出番は次第に減っていった。だが、それでもいざというとき頼りになるのが本製品だ。ペンホルダにつけていたシャープペンシルの芯がなくなったとき、普段持ち歩かない油性ボールペンをどうしても使用しないといけないとき──縁の下の力持ちとして、カーディは常に側にいてくれた。

 システム手帳、テレホンカード、カーディ。この組み合わせは、わたしが1994年に東京デジタルホンの携帯電話を入手するまで続いた。 
 そして携帯電話の導入と同時に、テレホンカードの使用量は激減する。
 その時期からシステム手帳をA5判6穴に切り替えたわたしは、別に複数のペンを持ち歩くようになっていく。ペンホルダにあるだけでなく、多種多様なペンがつねにポケットに、鞄に、机上にある生活が始まっていた。
 気づけば、テレホンカードと共にカーディも姿をくらましていた。
 彼女の電話番号をメモしたペンも、紙も、すべて消えていった。気づかぬうちに。これといった理由もなく。
 だから、カーディの思い出はちょっとほろ苦い。

 2018年3月発売の「ペモアイディー」は、カーディをベースとした薄型ボールペンが2本内蔵されたIDカードホルダだ。まさか30年もの時を超えて、ふたたびあの薄っぺらいボールペンに出逢うことができるとは思ってもいなかった。
 この機会にぜひ、皆様にも「筆記具が常に寄り添っている状態」を堪能していただきたい。ペモアイディーなら付箋紙を内蔵しているので、咄嗟に書く紙にも困らない。ちょっと握りづらいけど、実用的な製品である。
 そしてわたしはひとり、ペモアイディーの薄っぺらいボールペンを握り、ほろ苦い青春時代を思い出すのだ。

【後日譚】
iPadPro+クリスタのデジタルイラストにも慣れて、けっこう活き活きとした絵が描けていますね。一枚目の泉はかなりお気に入りです。二枚目と等身がバラバラなのが気になりますが……。
また、イラストも「実物がある場合は写真を撮って下絵にする」方法を取っているのですが、手書きの線を失いたくなかったので、「写真をなぞって描く(写真レイヤーに上に描画レイヤーを敷いてハンドトレスする)」場合も、ブレを躊躇しないで「正確さよりも漫画的なダイナミズム」を重視しています。
カーディはメインの筆記具にはなりえない製品ですが、常に寄り添う「懐刀」としてたいへん重宝した存在でした。とにかく身につけていたかったんですよね、筆記具と紙を。「ウェアラブルステーショナリー」としての紙のシステムは、本連載ではついに語ることができなかった(まがりんぼーるの回で5×3カードについて簡単に触れているだけですね)のが悔やまれます。
ああ、もっと書きたかったなあ。

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