"【小説を書く】"カテゴリーの記事一覧
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通勤中の電車内、座席に着くことができたらまっさきにすることがあります。
鞄からモレスキン・ルールド・ラージとジャスタスを出すこと。
ジャスタスはソフト側最大に開いておきます。
ここから20分間が小生のシンキングタイムです。
移動書斎で小説のプロットを練りまくるのです。
冬のまんが大会まで日がありません。
自宅に帰ってしまうと、アイディア出しをできる状況ではなくなってしまいます。
だから、通勤で座れると嬉しくなります。
座れないととたんに不機嫌になります(笑)
今週中にプロットをまとめ、週末に設計図を完成させたら、来週からこつこつと書いていく予定です。
そう、設計図さえ引けてしまえば、あとはMacの前にいる時間を作るだけなのです。
小生の外なる頭脳、モレスキン・ルールド・ラージ──君に任せた! -
というか、最初っから420枚設計ですから、短編や中編じゃないですよね(笑)
いま頭の中にあるものを、少しずつ形にしています。
まだ明確なラストを思い描くことができないのですが、そこに至るまでにキャラクタたちがどう弾けてくれるか、ですよね。
脳内で少しずつ、キャラたちが動き始めました。
前回のような迷いはなさそうです。
単純化された性格が、物語の進行に連れて少しずつ人間らしくなっていきます。
読者にキャラクタを気に入ってもらうことが成功の鍵、ですから。
ライトノベルと呼ばれるジャンルに再挑戦します。
読者層を男子中高生に限定。
「小説を読み慣れていない男の子にも面白いと思ってもらえる話」を目指していきます。
後にも先にも、ここまで限定された戦いを自分に強いることはないでしょう。
これでできなければ、この年齢層向けのジャンルは完全撤退です。
楽しく書けたらいいなあ、と思っております。
冬のまんが大会までにはとうてい間に合わないので、新刊用のネタは別に作らないといけませんが(笑) -
過去の作品を「読むに耐えない」「読者のことを考えていない」「とにかく全部駄目」と酷評されてから一ヶ月以上が経ちます。
もちろん批判はまっすぐ受け止め、今後のことを考えなければなりません。
「今までの方法、今までの考えは総て捨てろ」とまで言われています。
ならば、その「アドヴァイス」、真っ正面から受け止めてみよう──そう思って一ヶ月を過ごしてきました。
アマチュア作家が書くものは、基本的には「自分が読みたい作品」です。
自分が面白いと思っているもの=自分が書いているもの。
「この世にないから自分が面白いと思える作品を書いたんだ」と。
しかし、それは「他の人が読みたい作品」ではないのです。
もちろん、「自分が読みたい作品」と「他人が読みたい作品」が合致する天才も世の中には稀にいます。
でも、大抵は「筆者でない読者がいて、その他人である読者を喜ばせられなければ」世に出ていくことはできません。また、まかり間違って出ていったとしても、商売にはなりません。
エンタテインメントとはなにか。
不特定多数のひとを喜ばせること。
いままで小生は、自分のやり方で自分が面白いと思ったことを書いてきました。
前回酷評された作品もそうです。
プロットの段階では他人の目を意識した「つもり」でした。
でも、「つもり」ではいけないのです。
お客さまに饗する料理を、おいしい「つもり」でつくる料理人はいません。
それがたとえ家庭料理だとしても、必ず自分ではない誰かが賞味して意見を言ってくるはずです。
この一ヶ月で小生は考えを変えました。
ストーリーもキャラクタも、総て「読者受け」を考えるようになりました。
媚び諂うわけではありません。「これで本当に判るのか」「感情移入してくれるのか」「話を面白がって読んでくれるのか」そういう心配りがあまりに足りなかったことに気づかされたのです。
いま頭の中にある作品も、そういうシステムで熟成を待っています。
その熟成の方法が正しいのか、間違っているのか。
それは作品が完結するまで誰にも判りません。
ただ。
次回生まれるものが、今までと全く同じ印象の作品になってしまったとしたら、楽光一は筆を折るべきです。
そういう背水の陣で臨まねば、何も変わらないと思うのです。